ペンなアパート

空想、妄想、想像を書くのが大好き!な住人が集まるアパート。

01.アナウンスに恋をした男

さぁ、読書りょこうの時間だ—

 

 

 みなさんはショッピングモールのアナウンスをどう思うだろうか。特に何も?そうですよね。まぁ普通はそうなのかもしれない。あんなの、形式だけ。誰も聞いちゃいないし、なんの意味があるのか分からない。しかし彼女は懸命に、毎日毎日、いついかなる時も変わらないテンションで与えられた文章を読み上げる。わたしは、アナウンスに恋をした。これからするのは、そんなどうしようもない男のお話しだ。

 

 わたしはあるショッピングモールで警備員をしていた。かれこれ、30年くらいは続けただろうか。わたしがまだ新人と呼ばれていたころ、あのアナウンスが導入された。それまでは従業員が肉声で流していたアナウンスを、専用のテープに変えようと言うのだ。それはつまり、私たち警備員の出勤時間が早くなるということだった。朝はやく出勤して、解錠と同時に開店用のアナウンスを流す。閉店5分前には名前も分からない曲をかけて、またアナウンスを流す。その声は閉店だというのに朝と全く変わらないテンションで淡々と話していた。わたしが落ち込んでいようが、疲れていようが、気分が良かろうが、悪かろうが。その声に変わりはない。ただ淡々と、素直に与えられた文字情報を読み上げていた。

 毎日、毎日。わたしはこのアナウンスを聞いた。おはよう、と最初に言ってくれるのはいつも彼女だった。

「おはようございます。開店30分前です。今日も笑顔でお客様を迎えましょう。」

 機械的ななんの温かみもない挨拶に、小声でそっとおはよう、と返すことが私にとって一日のはじまりだった。

 5ヶ月ほど前、この田舎町にもついに大型ショッピングモールが建設されると決まった。大手の企業がまとまった土地を買い取ったのだ。その土地というのがまさにここである。

 今日で彼女の命は終わる。わたしがこのスイッチを切れば、それ以降もう二度と話すことはない。今日まで1日たりとも休むことがなかった彼女は永遠に眠りにつくことになる。この小さな小さな、古ぼけたショッピングモールは今日をもって50年の歴史に幕を下ろすのだ。建物は解体され、そこには新しい大型ショッピングモールが建設される。

 わたしは最後の点検、そして電力を落とす役割を任されていた。全フロアの電気を消し、エアコンや換気扇も止めていく。私がスイッチをぱちりと切る度、建物自体が眠りについていくようだった。私は黄色く光る最後のスイッチに指を重ね、いつもとは逆に言ってやった。どこに向かって言えば彼女にその気持ちが伝わるのかは分からないが。

 

「長い間、おつかれさまでした。」

 

 スイッチを切る。全ての電力が落ち、ひとつ、またひとつと明かりが消えていく。最後にアナウンスの文字が赤く灯った。ぽわっと1度、輝いたように見えた。ああ、彼女はここにいたんだな、と思った。

 いつも必ず閉めていた鍵を今日だけはそのままにし、わたしは30年の時間を過ごした事務室を後にした。